人気ブログランキング | 話題のタグを見る

旧車 パトカー 街の写真、食べ歩きから不要情報までというブログでしたが2014年に横浜に転居直後に癌発症、その後転移が見られ、現在も療養中。そのため内容がクルマに限らず身近なエリアと話題主体になっています。
by Detachment801
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30


緊急走行。(入院から退院へ)

28日の晩、突如体調が悪化して、これは尋常ではないと119番通報。「こんばんは、火事ですか救急ですか?」と緊急事態24時のTVで耳にする応答。状況を伝えると4分ほどで到着。
早速血圧、体温計測、夕方は37.3度ほどであったのに38.9度まで上昇。こうなると新型コロナ感染も疑われるので3軒の病院より「受け入れられない」との回答。正に今の日本の現状を知る。これが過疎地だったらどうなるのだろう?

4件目、救急走行で40分ほどかかる以前入院していたことがある病院に決定。救急車の中で救急救命隊員の方にいろいろと質問を受けながら走行していましたが、救急車のサスペンションは案外とヘタっていて揺れます。

しかしこの方がとても素晴らしい方で、こちらの不安感を解消してくれる話術。「先生とお話ししていると落ち着く」と伝えたら「いやーぼくは単なる救命救急士で、医師でもないし、仕事も雑で病院の医師からは良く怒られているんです」との返事。咄嗟にこういう応答ができる方はやはり立派な方です。

ちなみにというかこの救急車のサイレンはごくオーソドックスな「ピーポー音吹鳴」に、交差点などで使う「手動ウーウー音」でした(添付動画1番目)ところがこれだけでは道を譲る運転者が最近少なくなっているということで、横浜や千葉などの消防隊では一部に新型の「ビューーーーーン」というサイレンを搭載しています(添付動画2番目)あれが聞きたかったが今回はパス(というかその時はそのような余裕なし)

参考動画:これがわかりやすかったのですべて千葉野田市のものです。(音量注意)

千葉県ではさらに派手な海外式のYELPサイレン(映画などで見るポリスカーのサイレン、添付3,4枚目)を採用していますが、これなら道を譲る運転者がほとんどと思います。これは全国に普及してほしい。

激痛から2時間後には各種検査も終了、4人部屋(*)に入れてもらい、救急車も無償だし、廊下で放置されることもない。健康保険は充実。国民皆保険を提唱したオバマ大統領に「コミュニスト!」とヤジを飛ばす共和党支持者だらけの米国なんかよりも、日本の救急医療は特段に素晴らしいと痛感します。
結局、禁飲食、点滴のみというつらい数日を経て、強い痛み止めを受けてから昨日退院し、今後の方針を自宅で医師、看護師、訪問看護センターの方々にご説明を頂き、病院まで迎えに来てもらったP衛門氏からの大阪寿司の差し入れを半分食べ、爆睡。

水一滴のまぬようと言われてつらかった。もう、この掲示すら見たくない。これで鎮痛剤の点滴ばかり打っていたら意識が保てなそう。
緊急走行。(入院から退院へ)_f0145372_03001205.jpg

押し寿司、大好きなんです。
緊急走行。(入院から退院へ)_f0145372_03005315.jpg


先程ちょっと目が覚めたら頭もすっきりしていて、やっとこれを書くことができました。やっぱり家が良い。こんなワガママな私には彼の存在は本当に感謝です。


追記(*):4人部屋は様々な方がいるので、漏れいづる話が案外面白い。どこにでもいる身勝手なジジイが「ナースコールしたのに来るのが遅い!忘れたのかと思ったよ!」と看護師さんに鬱憤晴らしをしていたり、朝早く検温に訪れた看護師さんに「昨晩、漢文を書いたよ」と上品に話す方などもいらして(看護師さんはあまりピンときていないようでしたが)興味深いです。どなたの顔も見られませんがこれは個室ではわからぬ面白さですね。
# by Detachment801 | 2021-08-01 03:07

私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)

この二三日、体調悪化で入院していましたが、michaelさんの投稿でグッドデザイン賞について読み。早速追随。

小学生の時、ある日医者が喉を見るときにそれまでのペンライトに変えて、このカドニカ懐中電灯をサッと出したとき、私の目は釘付けになりました。これは文句なくグッドデザインと言うべきものです。片側が赤レンズなのもクルマの尾灯のようでやけに格好いい。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_07184001.jpg

お好み大食堂と言ったらこの急須。まさに日本のグッドデザイン。たまに取手の藤がほどけているのを見ると、もっとほどいてみたくなり、親に怒られた思い出もあります。注ぎ口には茶渋に染まったビニールのようなアダプターがあったように思います。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_06430346.jpg

キンカンのアンモニア系のたまらぬ香り、大好きです。このアンバーの瓶の美しさ、ゴムの蓋を開けると塗布用のスポンジがついていて、それも好きでした。

学校の理科の時間で、刺激臭がある可能性のあるものは、直接嗅がないで、瓶の口の上で片手を仰ぐようにしてその風を嗅ぐようにと習いましたが、最近のテレビ番組など見ていると、海岸に漂着した瓶などを蓋を開けてそのまま嗅ぎ、タレントが気分を悪くしたりしています、もしあれが演出なら非常に良くないと思います。

ちなみに韓国のホンオフェと言うエイの伝統的発酵食品はアンモニア臭がして近年は韓国の若者もあまり好まなくなったと聞きますが、是非一度食べてみたいものです。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_07063323.jpg

果物の缶詰、これは形というよりその意匠のデザインのレイアウトや色合いが秀逸で大好きです。子供の頃、弔事用の品を扱う青果店の一番奥の棚に偉そうな黒々とした籠にこの手の果物の缶詰がたくさん乗っているのを見ると欲しくてたまりませんでした(笑)
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_06433605.jpg

夢の超特急新幹線が当たり前になると急にその存在が押しやられてしまったように感じた「こだま」。しかしながら私の感覚ではこれこそグッドデザインだと思えてなりません。あまり流線型になりすぎるよりも、盛り上がったボンネットや、温かみのあるカラーリングも好ましい。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_06435486.jpg

ご飯のレモン型、これはあちこちの家庭にあったと思われます。これで型をつけたチキンライスは美味しさが倍増しました。アルミのプレスとリベットだけで簡素に作られたこの器具そのもののデザインも魅力ある良いもので飾っておきたくなります。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_07130929.jpg

60-70年代に知った高価な文房具、それまでの安価な物に比べると書き味の良さを超えたデザインの良さに、高かったが親に買ってもらいました。ちょうどその時、ワンケース買うと「ユニ坊主」と言うボーリングのボール型の消しゴムをもれなくくれるのでそれも手に入れました(笑)しかし勿体なくて使えず、弟にも見せずに死蔵してしいました。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_06453597.jpg

試作戦闘機「震電」これこそグッドデザイン!私には浅学にして機能はよくわかりませんが、6枚プロペラを最後端に備えた、このスタイリングだけでいつまでも飽きずに見惚れてしまいます。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_07181584.jpg

昨今はスイーツにもさまざまな賞が与えられるようですが、和菓子のグッドデザインと言うと個人的には絶対「道明寺」これしかない。特に桃色のもち米と緑の桜葉の絶妙なコンビネーション!味わいも大好きです。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_06461883.jpg

パトカーのグッドデザイン賞があるならそれを与えたい。観音開きクラウンのパトロールカー。しかもこの、バンダイ製のティン・トイは実物よりも魅力があるように思えて、あえて玩具の画像を載せたくなりました。
先日の私が幼時期に遊んでいた写真と同じ品のようです。
当時のティン・トイ界は単なるブリキ板で造られた子供の玩具と思えぬ過剰品質なほどの仕上がりで。大人のコレクターがすでにこの時代から存在していました。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_06463430.jpg

船の模型はよく作りましたが好きだったのはこの「南極観測船ふじ」と魚雷艇でした。潜水艦ではなく魚雷艇というのは個人的にはわりとツボです。
潜水艦はあの恐ろしい爆雷に耐えてエンジンを切り、酸素少ない中、海底に身を潜めるなど私には到底できたものではありません。その点魚雷艇の方が良いです。米国では元大統領ジョン・F・ケネディが魚雷艇乗組員で有名でした。
「ふじ」は晴海に寄港したときに見学のため弟と私を父が連れて行ってくれました。あのオレンジ色の船体に5001の文字がくっきりと頭に刻まれ、私にとっては「そうや」でも「しらせ」でもなく、これぞ南極観測船だと思っています。

私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_06464769.jpg
南部十四年式拳銃。日本の拳銃というとまさにこの十四年式。他に価値あるものもありますし、安全装置が片手では操作できぬ、独ルガーに似ている、寒冷地では手袋した指では危険(後に改良)など、いろいろありますがこの細めの斜めの握把、ライフルのようなボルトアクション、素直な銃身。和の拳銃としてのデザインはこれに尽きます。戦後の警察でも使われました。写真はモデルガンなので銃身閉鎖の上、金色に着色されています。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_06471354.jpg

私は今もわりといろいろな清涼飲料や乳酸菌飲料に興味がありますが、子供の頃好きだったのは森永マミー。
ヤクルトは幼稚園で配給されていたので新鮮味がなく、蓋の裏に森永マークが出るともう一本もらえるマミーは大好きでした。店頭で瓶を傾けて、なんとか当たりを見ようとしてもちょうど見えそうなところで液体が戻ってしまい無理だったことも懐かしい思い出です。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_07080918.jpg

これぞ個人的には永遠のグッドデザイン!私が初めてパンフレットを店に取りに行き、親に購入を勧めたクルマです。どことなくドイツ軍的でもあり。今でも欲しいぐらいです。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_07082054.jpg



(8/1)追記、これを忘れていました。大型のモーターサイクルも良いのだが、日本のグッドデザインと言えばやはりこれ。私にはナナハンよりもモンキーよりもすべてが魅力で一杯でに感じます。
私選日本のグッドデザイン15点(8/1改正・賞の取得は無関係)_f0145372_03260725.jpg

スポーツカーなどには興味が無かった私が過去に親に購入を勧めたクルマは、「1962シボレー・インパラ」「初代バモスホンダ」「1970いすゞエルフのダブルキャブ」の3台なのですが、いずれも秒殺(そんな言葉は過去にはなかったが)されました。



# by Detachment801 | 2021-07-31 06:41

自分のアルバムより:1962-1964

自分の幼児期のアルバムを見てみると、米軍基地とアメリカの車、ティントイ、モデルガン、廃電車、バタークリームのケーキ、ハヤシライス等々、なんとなく今の好みに通じるものをいくつか発見する。これが三つ子の魂というものなのか(笑) 年代は順不同です。


2歳の頃、米空軍立川基地内にて、赤色灯のついたフォードのピックアップの荷台に乗せられてご満悦。
自分のアルバムより:1962-1964_f0145372_08232005.jpg


どこかのデパート屋上にて。遊具のサイドカーが渋い。
自分のアルバムより:1962-1964_f0145372_08233819.jpg


万世橋の交通博物館にて。ここは本当によく行きました。現在は鉄道博物館としてさいたま市に移転してしまったのは残念。
自分のアルバムより:1962-1964_f0145372_08240896.jpg


蝋燭が二本なので二歳の誕生日とわかる。誕生日なので綺麗な服を着せられて自慢げな顔をしています。バタークリームのケーキが好きでした。
自分のアルバムより:1962-1964_f0145372_08245427.jpg


近所を走る都電14系統廃止後にすぐ父に連れて行ってもらった杉並車庫、1963年の暮れか?
その筋では超有名な諸河久氏の記事にある杉並車庫:https://dot.asahi.com/dot/photoarticle/2019031200034.html?page=2
現在は都営バスの車庫になっています。
自分のアルバムより:1962-1964_f0145372_08242651.jpg


ブリキの自動車で遊ぶ。バンダイのトヨペット・クラウン・パトロールカーが魅力的。
自分のアルバムより:1962-1964_f0145372_08252792.jpg



叔父に買ってもらったけん銃を構える。今思うとマテルかどこかのモナカ構造のピースメーカーではないかと思う。「悪い奴はやっつけてやる」という面構えをしています。背景のテレビが懐かしい。半ズボンがウシロマエかもしれない。
弾が無くて代わりにクレヨンを詰めていたが、それが仇となり、緑のクレヨンの色がついていたのが目ざとく母親に見つかり「ロクショウがわいたわ!これは毒だからダメ!」と取り上げられてしまった。なんの反論もできなかった悲しい思い出です。
自分のアルバムより:1962-1964_f0145372_08271937.jpg

MichaelさんのBlogコメントに書いたどこかの食堂でハヤシライスを食べる私。今朝からこの写真を探していて他の写真と共に見つけました。外食ではハヤシライスが好きでよく食べていた。
自分のアルバムより:1962-1964_f0145372_08255546.jpg
しかし出かけるたびに当時は現像もプリントも高価だった写真をよく撮ってくれていたものだと父に感謝します。







# by Detachment801 | 2021-07-28 09:10

大阪にも警視庁があった頃。

先日、友人より興味深い写真を入手しました。

戦後の自治体警察の発足とともに生まれ、数年で新警察法により消滅した大阪市警視庁(1949-1954)の内部写真のようです。撮影は大阪日日新聞社の写真部とのメモ書きが見られました。公式な写真撮影の合間に警察官に頼まれて撮影したものと思われます。

数が多いので個人的に興味のある写真数葉を抜粋します。


防暑帽、盛夏服、半長靴の交通警察官。米軍供与と思われるM1917、45口径けん銃の予備弾入れは蓋を下向きに取り付けることがわかる。帯革に負革があるのは今見ると威圧感がある。特徴的な防暑帽は一部県警では今も女性警察官の装備品として残しているところもあるようです。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07081290.jpg


ちょっとトッポイ雰囲気の白バイ警察官。彼も大きなM1917けん銃を腰に下げているようだ。単車は1951年頃の陸王1200VFDと思われる。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07131787.jpg


単車は三台とも陸王。左の警察官はゴーグルを装備している。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07163651.jpg


後部からの写真は少ない。長靴が洒落ている。けん銃ケースの形状やライセンスプレートもよくわかる写真。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07251836.jpg


スクーターも使われていたのだろうか、写真の裏には「スクーターと僕」とペンで書かれていました。135㏄のラビットS23と思われる。座席の下あたりの左右にセマフォーを装備しているのも興味深い。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07293102.jpg

素晴らしい1947年式オールズモビル。当時大阪市警視庁が置かれていた大阪城敷地内にて。まだ国産車の信頼性がない時代、公用車は米車が主流だった。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07330287.jpg


1947年式ポンティアックと誇らしげな警察官。当時は自家用車などまだ夢の時代、輸入車を運転できる身分を心から味わっているのだろう。補助灯が黒く写っているので赤色灯のようです。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07361196.jpg


年頭視閲式だろうか、整列前の情景。車両は1938年式シボレー。スモールランプが本国型と異なるのでGM大阪工場組み立て製ではないかと思う。バンパー上に見える黒い袋は赤色灯と推測される。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07394050.jpg


ヤラセかも知れないが勤務中のスナップ。「信号厳守」の踏み台の生真面目な書体が良い。
大阪にも警視庁があった頃。_f0145372_07460662.jpg

恐らく一生目にすることが無いような、非常に貴重で興味深い写真を分けていただいた友人に感謝します。










# by Detachment801 | 2021-07-27 08:06