旧車 パトカー 街の写真、食べ歩きから不要情報まで無節操なお気楽ブログ。あなたの心には何が残りましたか?
by Detachment801


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洲崎パラダイス   

最後に訪れた街 「洲崎」
ここは売春防止法施行前は吉原遊郭と並ぶ大歓楽街で「洲崎十万坪」と呼ばれた場所だが、今はその名を知る人も少ない。元はといえば根津にあった遊郭だが近隣に東京大学(帝国大学)建設のため、好ましくないとここに埋立地を造成して追いやられたそうだ。現在は洲崎の名は消されてしまい東陽町と呼ばれている

ここを舞台にした芝木好子による小説「洲崎パラダイス」を1956年に、新珠美千代、三橋達也主演で川島雄三監督が映画化した「洲崎パラダイス・赤信号」が一部で有名、この映画は鬼才今村昌平が助監督であったことから時折紹介されることもある名作.

早速TSUTAYAで借りてきましたので後日加筆します。
いまでは伝説の「洲崎パラダイス」の大門や
昭和31年の東京の町並みやクルマも見られるので楽しみです。

現在この街のシンボルのようになっている八百屋やいくつかの店が入ったアーケードは遊郭の建物を今に伝える貴重な文化財といえる
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統一性の無い不思議な形をしています
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ここで夜な夜な酔客や娼婦達の嬌声が響いたかと想像すると不思議な感じがします。
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丸い照明がなんともいえぬ、点灯したところを見てみたくなる
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遊郭「大賀楼」がそのままの姿で残るが、いまは日本共産党が使用中
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中はきっと迷路のようになっていると推測される。
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キレイなBMWが停まっていました
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洲崎神社、花街には神社、寺院や医院が必ず見られる。
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当時の面影を残す長屋様式の飲み屋街
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大門脇、映画の舞台となった小料理屋「千草」の跡地はいまは不動産屋になっていた。
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遊郭跡にナイス看板!この標語の考案者に座布団あげたい。
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洲崎を後にする、VWのマイクロバスが路上駐車していた。
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以上駆け足で赤線地帯の残骸を三ヶ所見て回ったわけだが、
売春が合法だった時代、男の目からは歓楽街でも、女性からすれば好きでこの世界に入ったものは極少数であろうし、そこに落とされた金品やうたかたの恋愛、悲喜こもごもの湿度を持った光と影のようなものを、いまもなんとなく感じることが出来たのは、やはり実際に歩いてみないとわからないことだった。

この数日間、この件についてかなり没頭してきました。インスピレーションを与えてくださったinomamo氏に感謝します。
by Detachment801 | 2010-03-31 08:33 | 赤線跡

鳩の街からスカイツリーへ。

土曜日の午後でもシャッターを下ろしたままの店も多い。
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これは綺麗に残っている。カフェー建築というよりもダイナー風だ。
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五十数年前、永井荷風や吉行淳之介など無頼の徒であった作家たちが歩いた路地
そして、身を売らねば生きられなかった過酷な運命の女たちはどのような思いでここを歩いたのであろうか、21世紀になったいまも、ここにはさまざまな情念が渦巻いているようにも感じられた
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燃え落ちた建物の脇を自転車が行き来する。消防車も入れぬようなこの街を赤く染めた炎を想像すると、映画「吉原炎上」で病に狂った花魁を演じた西川峰子が頭をよぎる。あれはすごい映画だった。
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猫の額ほどの公園に半ばオブジェとして残された井戸は水を汲むことも出来る
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帰り道、路地の向こうに神社、手前の飲み屋は・・・お蝶か・・・。
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かろうじて薬局とわかる
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芸妓さんも歩く街角
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曳船でヴァンプラを見た
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どこからも見えるスカイツリーは思ったよりも数段大きかった
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その足元は観光客で一杯、TVクルーも出ていて家族にインタビューなどしていた。これは27日の撮影だが、29日には東京タワーを抜いて日本一になったそうだ。つまりこの写真は、まだ日本一ではない時代のスカイツリーということになる。「三丁目の夕日」の影響か、未完成のタワーを皆喜んでいるようだった
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by Detachment801 | 2010-03-31 01:57 | 赤線跡

鳩の街の赤線建築、

気を取り直して、「鳩の街」の赤線建築、とりわけこの区域にいまだ残るカフェー様式を求めて散策する。

Wikipediaによると この街は『東京大空襲で罹災した玉の井の業者が移転して開業したことが始まりで、のちに進駐軍向け慰安所として栄えたが、1年で米兵の立ち入りは禁止され、その後は所謂赤線として賑わったという。1952年には、この狭いエリアに約300人ものの娼婦が働いていた。

この街も永井荷風のh他、文壇の錚々たるメンバーが多く出入りし、吉行淳之介、三浦朱門、安岡章太郎、小沢昭一らが通っていたという。木の実ナナの生家があったことでも有名。


黒塀に、ちょっと変わった意匠の格子戸を持つ家
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同じ家の側面、正面とは別に目立たぬ戸を持つのも娼館のもつ性格を良く表している
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この寂れ行く一方の街に新しい息吹を吹き込む若者もいて、古い建物でギャラリーや喫茶店を開いているのは立派。
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そのCAFEこぐまの掲示板には世田谷美術館の成城分室で開催される1950年代のアメリカ展のポスターが掲示されていた
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路地裏から見上げた屋根屋の褌・・・ではなく、風呂屋の煙突
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これがカフェー風娼館の名残
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歩いているとこんな街灯にも出くわす。修理しないのかな?
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これもカフェー風
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側面には小さな入口と三連の縦長の窓
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こちらは化粧品店を裏から見たところ
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細やかな飾りの付いた窓の下には避妊具の販売機が設置されていた。
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by Detachment801 | 2010-03-30 23:55 | 赤線跡

そして「鳩の街」へ

おーここはいったいいつでどこなのか?まるで「つげ義春」の世界だ。
ダイハツミゼットが止まっていてもなんら違和感のない場所。
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いまは営業しているかも良くわからぬ写真館
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料理屋であったのだろうか、いまは普通のお宅のようです
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なんと玉の井と鳩の街の間はクルマで2-3分、こんなに近い距離に有名な赤線街が二つもあったとは、驚きです。
ここは鳩の街の名称を生かした商店街作りをしているようだ。レトロを売りにした街のホームページもあって明るい雰囲気を出しているのかもしれないね。
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非常に狭い路地、クルマが一台通るのがやっとの場所なので少し離れた有料駐車場に入れて歩いてきました。
少し奥まった場所に行くと、何なんだここは?二階が燃え落ちているぞ。
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裏へ回るとすでに一軒は取り壊されたらしく、こんな状態、ここはどう考えても大抵の消防車が入ってこれぬような場所なので火事は命取りだ・・・いきなりこのような姿を見せ付ける鳩の街であった
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ー続くー
by Detachment801 | 2010-03-30 08:21 | 赤線跡

赤線街の後を歩く  Ⅲ

東向島とそっけない名称に変わった玉の井駅
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かなり老舗の酒屋、この街が賑やかだった頃をずっと見てきたのであろう。
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どんどんは韓国料理の店、ビビンバではなく、ビビンパと書いてあったので本物だと思う。本来の発音はPIBIMPAPに近いのだ。
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おもちゃ屋の2階のさらに上に作られた展望窓のようなもの
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ここにもこんなステンドグラスの装飾が施されていると、もしかしてここも?と思ってしまう。
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小規模の店舗や住宅が多いがこんな蔵も残されていた
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韓流ポスターの貼られた韓国食材のお店も「玉の井」の地名を残していた。なぜか洋服や靴も売られていました。
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昭和の街、昭和のガレージに昭和の顔の車、フェンダーミラー、丸4灯、メッキバンパー、純正フォグランプと申し分なし。
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焼き鳥も食ったし、そろそろ玉の井を離れる、車に乗ってさっきと違う道を通ると、表通りにも典型的な私娼館が並んでいた。
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ここの屋根の上の展望窓のようなのはおもちゃ屋の上にも形は違うが似たようなものがありました。何なんだろう?
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by Detachment801 | 2010-03-30 08:02 | 赤線跡

赤線街の跡を歩く  Ⅱ

玉の井の一角にこんな古いポスト発見、側面に集配時刻が記されていたのでどうやら現役らしい。一般的に見る古いポストよりもさらに古いようだ。
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あちこちで建物が取り壊されていて、空き地が点在する。
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眼鏡屋なのであろうか?店の正面からは業種をうかがい知ることは出来ない。
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下町特有の長屋式の商店も多い、「和楽」という店の看板に「奥様公認」とあるのが微笑ましい。
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その店の裏はまさに三丁目の夕日
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このようにどこか懐かしい感じの店が多い
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子供の頃に見たような八百屋
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この帽子屋は圧巻、扱っている帽子に用途別にへら鮒帽や町会帽など、いろいろな名前が付いている。
しかし、町会帽とは・・・?
小売もすると書いてあるからには卸が主体なのだろうが、全国的に需要があるものなのだろうか?
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なぜか鶏肉屋も多い、その多くが店先でから揚げや焼き鳥を売る。せせりを店頭で売るのは珍しい、調べてみるとこのあたりの焼き鳥はつくば鶏というのが主流で相場は1本95~105円、なのでせせりはかなり高価な設定だ。
食ってみたら、さすがに鶏肉はGOOD、しかしたれが今ひとつ、なんとなく奥行きがないのだ、そう、ス-パーのお惣菜売り場の味、肉が良いだけにちょっと残念だが、やはり専門店には負ける、ってとこかな。
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ーまだ続くー
by Detachment801 | 2010-03-30 06:59

赤線街の跡を歩く Ⅰ

先日、inomamo氏より、ある建物について、遊郭建築なのでは?という意のコメントを頂き、なぜか気になり、そのことについて少々調べてみました。

すると、ますますそのように思え、しかも、昭和33年の売春防止法施行までの間、各地に栄え、文壇の名士なども足繁く通った花街の面影が今も残る場所が、簡単に行ける場所に点在していることを知りました。

そうなると、すぐにでも行ってみたくなり、先日実際に歩いてきました。

最も有名な吉原は完全にソープ街にと変貌しており、旧赤線跡地を歩く、という趣旨から外れそうなので今回はパスして、名前だけは小説やエッセイ、昭和史などで耳にした事のある下町の「玉の井」をまずは訪れることとしました。

事前にネットで調べてみるとさまざまな方がこの地に郷愁を持ち、あるいは知らなかった昭和の残骸を見たいと思い、歩かれているのがわかります。
現在は、玉の井の地名はなくなってしまい、玉の井駅も東向島駅と名を変えてしまい、その過去は一見葬られたように思いましたが、実際に行って見ると、まだあちこちで使われているのですぐわかりました。
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車を駐車場に入れ、少し歩くとこのような廃屋が目に付きます。
民家でもなく、商店とも違う趣、元私娼館を商店に改造した店であった可能性が高い。
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顔見せの窓であったのだろうか、格子が貼られ、下部にはタイルで飾られた部分がある。
ほとんどの娼館は小さく、その建物を残したまま、住居や商店に改装されたという、なんだかそのまま商店にしたり住むのは妙な感じがするが、当時は普通だったようです。
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このような建物も、元は遊郭であったのだろうか?
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建て増しを重ね、九龍城砦のようになっているものもある。
一見して普通のアパートとは違う屋根の形がそれと推測される。下部にタイルが張られるのも特徴らしい。
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玉の井は吉原のような公娼街ではなく、私娼街であったので、このような小規模の店が主流だったそうだ。その前は小さな銘酒屋が娼館とされていて500件もの銘酒屋がひしめき合っていたというからそれはすごい場所であったのだろう。(ブログの中で時折遊郭と表現していますが、厳密には私娼街なので吉原のような遊郭とは違うらしい)
永井荷風の小説で有名なこの街に足繁く通った著名人には壇一雄、太宰治、高村光太郎、サトウハチローらが名を連ねる

これは現在の酒屋であるがやや隠された二階の派手な造作が目を惹く。
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私娼館の跡と考えられる家、入り口左側にはタイルが張られた顔見せの小窓があり二階の窓の上に不釣合いな瓦の庇があるなど、一般の民家とは趣を異にする
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完全に一般人のお宅なのですが、二階が典型的な赤線建築、
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路地裏にはお決まりの猫
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ー続くー
by Detachment801 | 2010-03-29 08:33 | 赤線跡

土曜の午前中

花見日和の土曜日
こんなクルマも走っていました。
おそらく1954-1955年ぐらいのMGTDかな?MPラッフェルではないことは確か
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京都ナンバーのカマロ、このタイプも見かけなくなった
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このあと、墨田区ー江東区方面へ散歩に出かけたのでぼちぼちUPします。
by Detachment801 | 2010-03-28 07:18

EXTENDED


ディフェンダーのピックアップトラックは珍しい
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古着屋のネオン
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原宿といえばクレープだが、いつからそうなったのだろう?
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VOLVOの前後ともオレンジのサイドマーカーが気になる。
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明日(今日か)開通する首都高速の池尻大橋IC
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長い、長すぎる、よく曲がれるなぁ
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by Detachment801 | 2010-03-27 09:52

TOKYO EVENING

信号待ちのときに左右を見回す。ずっと止まらず走っていたら、見落とすものも多いと思う。強制的に立ち止まらなくてはいけない赤信号というのにも、なんらかの付加価値があるなぁ、と思う
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青山通り、空の色が最も綺麗な瞬間、
ふとフローズンヨーグルトが食いたくなる。
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トヨタの初代プリウスのライバルだったホンダのハイブリッドカー、インサイト。リアフェンダースカートを現代に蘇らせた功績は大きい、と思ったが二代目インサイトはこれを採用せず。
HYBRID の文字が いつもHYUNDAI に見えてしまう。
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木がラフォーレのビルボードをいたずらしている、わけではない
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誰かをおとなしく待っている280TE
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by Detachment801 | 2010-03-27 09:50