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Tailfin Dreamin’Ⅱ 尾翼がくれた夢
ー前回からの続きー
右から57,58,59年式のキャデラックのテールフィンの移り変わり。このような広い場所で見る限り当時の日本の良識ある人々がこぞって批判した程の非常識なデザインとは感じられない。 ![]() しかし後にCGの初代編集長となるK氏は1958年にMM誌上で当時の米車スタイリングについて「生理的嫌悪感を感じる」とまで言い放った。 その1958年秋、同じ1959年式のGMディビジョンでも、シボレーはその後姿を見た全ての人々に強烈な印象を与えることに成功していた。空前絶後のリアエンド。これが一般大衆のために何十万台も作られたとは俄かには信じがたいスタイル。しかもたった1年間だけのためのデザイン・・・・・敗戦13年目の東洋の島国には受け入れられないというのも理解はできます。 ![]() その日本的解釈、サイズの制約がありながら堅実にまとめていると思う。 ![]() そして1959年秋には先駆者であるキャデラックがそのフィンを前年のイタリアンラインのエルドラド・ブロアムを追うかのように縮小し始める。 しかしその鋭利さは、2トンを越え、公道を動き回る鉄の塊にはやはり本国でさえ相応しくはなかった。急停車したキャデラックに追突したオートバイライダーや駐車中のこの車の後ろでキャッチボールをしていた少年をひどく傷つけるに至っては*(注1)このスタイルに明日は無かった。 ![]() 1960年式キャデラック・エルドラド・ビアリッツ、2扉コンバーチブルの最高峰。オールパワー、エアコンはもとより、既にオートクルーズすら備えており、当時の米国では8000ドル以下でこのような車が誰にでも手に入れられた。 しかし社会情勢はベトナムへの軍事介入、深刻化する人種差別問題など、いわゆる”陽気で明るいアメリカ”の虚構が崩れ始めた時代でもあった。 *(注1)参考文献 「どんなスピードでも自動車は危険だ」unsafe at any speed ラルフ・ネイダー著 -さらに続くー
by Detachment801
| 2007-07-04 22:12
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