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切手集めなどしていた頃(1968-1972)
昭和40年代の子は、いろいろなものを集めたものでした。ベーゴマやめんこは下火になってきた頃で、インドア男子はたいてい酒の蓋、牛乳瓶の蓋、などタダのものから、ちょっと余裕があると切手など。
女子はおはじきや良い香りの消しゴム、あとプラスチックの筒から連綿と紐ができてくるリリアンという謎の小さな編み機は何が面白いのかよくわからなかった。 私が好きだったのは切手集め、ただし、余裕のある家の子のように新品の切手を「◯◯スタンプ」のような専門店で買いこみ、綺麗なストックブックに挟み、学校に持ってきて自慢するようなことではなく、父親のところにたくさん来る封書から、切手部分を切り取り、洗面器の水につけ、一晩経ったら新聞紙に挟んで水気を取る。押し花のような地味な作業を主体とするものでした。つい先日、過去にほとんど処分してしまったが何枚か残っていた未整理の切手を洗面器の水につけて50年前の雰囲気を味わってみた。 ![]() これは、切手集めとは、派手なもの、一般的に価値あるものを買うのではなく、たまたま手に入る通常切手から、消印付きで汚く見えてもそれも歴史だという父の堅実で厳格な考えが影響したと思っています。 なんせ、当時のブームは「月に雁」が6000円「見返り美人」が2500円とジョニ黒、ジョニ赤のような価格。子供の手の出るものではなく、しかも買取はその1/6が常識であり、新しい「切手趣味週刊」や「国際文通習慣」発売日には、家にいるお爺さん、お婆さんも朝から郵便局に並ぶのが当たり前。 結局、需要に対する供給の少ない物の入手や販売の原点が小学生にして学べた私にとっては現在取り上げられる所謂「転売ヤー」に対する非難は行き過ぎなのではないのかと感じることが多いです。 懐かしい日本切手。「大蔵省印刷局製造」のタブがあるものが好きでした。これを勝手に「オークラ付」と呼んでいたら「銘板」というのだと教わる。お年玉はがきで小さなシートが当たる年賀切手も好きでした。 このように封書に貼られたままの状態の方がエンタイヤと呼ばれ、価値があると知る。これは物資のない時代で平版印刷の切手が貼られている。 戦後すぐはまだ戦前の切手が使われていました。 父はこのような作業には妙に厳格で、単品の切手はストックブックに刺したままではなく、切手アルバムはルーズリーフノートに自分で作り、国名など書き込み、切手はヒンジで貼り込むことと言い渡された。最初の一冊は父が作ってくれましたが、国名を丁寧に旧字体で書いた恐るべきもので、学校に持ち込むと「臺灣」「沖繩」などと万年筆で書かれたそちらの方に友人は驚いていました。 最近の若い人は知っているのかわかりませんが緑のㇵトロン紙に糊が塗られたヒンジのついた切手。見るからに外観上は見劣りするが、昔はこの方法しかなかったため、評価の際は大目に見られる。子供の頃は不思議な言葉と思いましたが、家具や自動車のドアヒンジと同じ用語ですね。
by Detachment801
| 2021-08-08 02:16
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