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ハワイアン・リーゼントのこと。(07/02追記あり)
7月になりましたが、なんだか予想外の大雨で冷えています。今日は夏のヘアスタイルの思い出を書いてみます。
![]() 所謂ハワイアン・リーゼント(ハワイアンカット)と呼ばれるヘアスタイルを私が初めて見たのは1975年の福生でした。 国道16号、横田基地の前を歩く50歳ぐらいの白人男性のダックテイルスタイルの頂点が角刈りのように平らに刈られていて、「これは格好良い!」と衝撃を受け、目に焼き付けようとしばらく後ろをついて歩いたことを覚えています。 目に焼き付けた45年前のスタイル。当時は50歳ぐらいのジジイと思っていたが、今では私はそれより10歳も上になってしまった。 ![]() その後、これをやってみようと思いましたが、後の手入れなど考えると今一つ踏み切れませんでした。そんな時、大きな助けになったのは田無市(現西東京市)にあった「理容シロ」の店主。ちょっと相談したら「えっ?ハワイアン?いいの?いいの?、てっぺん無いんだよ、いいの?久しぶりだなぁ!」と大乗り気!こちらもなんだか嬉しくなり、やってもらいました。 その時、初めて見てから1年以上たっていました。いま、その頃の写真がないのが残念です。 当時はなぜかハワイアンにしたら髪も明るい色に染めるべき、と言う話もあり、学校では「赤く染めたほうが良い」とアドバイスをくれる友人もいましたが、私は染める気はないのでそのまま通しました。 しかし、思ったよりてっぺんが伸びるのが早い!これを保つのは大変だと、やがて断念しました。そうなると、てっぺんがつんつん伸びっぱなしになり普通の長さになるまで、長く感じたものです。 いま、ネットでちょっと画像検索すると、米国では本来和製英語と言われる「リーゼント」と言う言葉ではなく「フラットトップ・ブギー」(注)または単に「フラットトップ」と呼ばれていたらしい。 元々アメリカ人は短髪にする時にフラットトップスタイルを好むので、違和感なく浸透していたことが見て取れます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 私は70年代のディスコ・ブームの先駆け、クール・アンド・ザ・ギャングの「ジャングル・ブギー」にはしびれました。 日本でも第二次大戦後には笠木シヅ子が「ブギの女王」となったことは有名で、70年代にBoogie-Woogieの妖しいイメージを取り入れた「ダウンタウン・ブギウギバンド」はエルモア・ジェイムスの「シェイク・ユア・マネーメーカー」の日本版「スモーキン・ブギ」で一世を風靡しました。 とにかく「ブギ」と名のつく曲は世界中に枚挙に暇がなく、ここにすべてを載せることはしませんが、曲名に限らずクルマの愛称など、どんなものにも「Boogie」を付けると格好良く感じます。
by Detachment801
| 2021-07-01 19:40
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