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ルッキズムに対する疑問
先日、オリンピック開会式に関する委員のLINE上で、タレントの渡辺直美さんに関する侮蔑的な表現があったことが明るみに出たことで、当該担当者が辞任するという事案がありましたが、TVやネットでは「内輪の話が漏れることがおかしい」「1年も前のLINE流出に悪意が感じられる」「謝罪・撤回して済んだことを取り上げるのはおかしい」「これでは何も言えない、自由な議論ができなくなる」という、主に中年以上の男性の強い意見がたびたび取り上げられ、極端な場合は「最も非難されるべきはLINEの内容を流出させた人間だ」などと言うのもあり、そういう結果として差別的な発言を擁護につながる声にも一定の支持があることも驚きです。つけ加えるならば、このような問題が起きると「それでは何も言えなくなる」という子供じみた反論を聞くことがありますが、他人を揶揄し侮辱することができなくなったとしても前向きで自由闊達な議論を阻害することには絶対にならないと思っています。
明らかに問題なのは他人の容姿を、非公開の場でも面白おかしくあげつらうことであって、たとえそれが身内だけの話であったとしても、それがどうしても納得できない人がいた場合、遅かれ早かれ問題になることは当然ですし、謝罪・撤回したのだからと不問にして発言自体「なかったこと」にしてしまうより、1年後でも問題視されたことは良かったと思っています。特にこの組織の場合、過去には告発など考えられぬ強権的な力が働いていたことはもはや誰しもが知ることです。 これは人種差別や部落差別問題で、過去に居酒屋などで平然と差別的な話をしていた人たちを、たまたま居合わせた被差別側の人たちが問題視して指摘し、話し合いの場をもったことと似ています。その場合「友人と居酒屋でうっかり言った事、悪気はなかった」「あの人は職場でも家庭でもいい人です」などの言い訳がされることが多かったと言いますが、もちろんそのような言い訳は聞き苦しいだけです。 差別の本質は特別な人たちではなく、一般の人による無意識の差別が最も危険であり、恐ろしいことであるのはよく考えればわかることです。 今回の場合はその差別感が容姿、外観に関することであったために、「ルッキズム」という普段あまり聞きなれぬ言葉を知りましたが、これは世の中が人間の能力や性格、考え方よりも、その容姿が現在の社会が好む姿かたちであることを重要視していることに他なりません。明らかに痩せていることや万人受けする顔、メイク、ヘアスタイルであれば、能力が十人並でも、容姿が万人受けしない人間よりも評価されるということは、痩せることだけを目的にしているTVCM、病的と思われるような脚の細さを「美脚」と呼ぶ番組などが連日流されていることでも容易にわかります。 また、企業がオフィス勤務の女性にだけスカートの制服を制定していたり、ストッキングのデニールの薄さやハイヒールの高さまで不文律として決められていることもその一環でしょう。それにより、女性社員は望まなくても男性社員の目にさらされていて、仕事とは全く関係のないところで陰でひそかに評価されていたりします。 以前から疑問に思っていたことはありがちなマイナス評価ではなくて、プラスの評価もルッキズムであり、美人だとか、可愛いとか、細いとか単に外観だけを殊更に褒め称えることも好ましくない評価と思っています。突き詰めて考えれば、ミスコンテストの必要性など、いったいどこにあるのかと疑わざるを得ません。男性の一部には、美しいとか可愛いと言って何が悪いのか?というような反論があるらしいですが、もちろんルッキズムに関する事の本質から言って的外れであると言わざるを得ません。 昨今は女性も男性をイケメンかそうでないかで見ることが多いようですが、それも根拠のないことであり、特に日本人女性が白人男性を評価するときに人並みでありさえすればイケメンイケメンと騒ぐのはなんとも理解に苦しみます。 結局、他人を容姿や外観で判断する人は今回のオリンピック委員のように、本来ならば見識も分別も常識も備えているような年配の方でも、中身は未熟であったということであり、特にその専門がワールドワイドでクリエイティブな仕事であればあるほどその職を辞することになったのは当然であったと考えています。
by Detachment801
| 2021-03-24 07:20
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