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旧車 パトカー 街の写真、食べ歩きから不要情報までというブログでしたが2014年に横浜に転居直後に癌発症、その後転移が見られ、現在も療養中。そのため内容がクルマに限らず身近なエリアと話題主体になっています。
by Detachment801
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日本軍と毒ガス。

昨晩、ETV特集「隠された毒ガス兵器」視聴。

内容は、戦前に禁止された毒ガス兵器を日本軍は開発を続け、占領下であった中国・満州で、中国人に残虐な生体実験を行い、さらに実戦でも使用したこと。(写真1、きい弾、あか弾と呼ばれた)その作業には、当時10代だった日本の青少年が数多く使われたこと。戦争末期には南方戦線で少年たちもガラス瓶に入った毒ガスを米戦車に投げつけたという。
戦時中に、その情報をつかんでいた米軍は、日本軍の行為を訴追することにより米国自体も毒ガスを使うことができなくなると考え、製造に関わった日本人を免責とし、東西対立により危惧されていた対ソ戦争に備えた。免責となったはずの少年たちにはその事実は伝えられず、戦後数十年も自らの行為が裁かれるのではないかとおびえて黙っていたそうです。

当時10代だった少年たちもいまや90代、取材を拒むものも多い中、応じていただいた方々の証言には心凍るものもあります。他国の軍隊に侵略され、毒ガスの実験台にされた中国の人々。地下の避難所に逃げ込んだ人たちにも日本軍は毒ガス弾を投げ込んだり、その惨状はもしも逆の立場であったと思うと本当に恐ろしい。日本敗戦時、書類はすべて焼却され、毒ガス弾は地中や川に投棄され、軍幹部は「いっさい関わっていない」と証言しましたが、全て嘘で、書類もいくつかは残っており(写真4,5)いまも中国本土から多量の毒ガス弾が発見され続けています(写真11)。これに関しては化学兵器禁止条約により日本に責任があり、少しずつですが処理をしています。
日本国内でも、戦後進駐軍が海洋投棄した毒ガスが漁船の網にかかり、悲惨な被害が数多く起きています。

国内では広島県の大久野島が大量の毒ガス製造にあてられ、そこで働いた少年のひとりが今も語り部として子供たちに伝えています。その老人が子供たちの質問の中から自らの責任と向き合い「ただ国のために作っていただけでずっと責任は感じていなかったけど、今思うと本当に中国の民間人には申し訳なかった」と語ったことが印象的でした。


写真1 きい弾
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写真2、3、 毒ガス兵器を調査している吉見義明氏
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日本国内では実験ができないので、満州の中国人が人体実験にされたり実戦でも使われた
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写真4、恐らく焼却を免れた当時の名簿が残っている
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写真5、戦後、当時の幹部が「毒ガス兵器はなかった」と語ったが、実戦に使われた資料も現存する。
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写真6, 重い口を開く証言者たち、もうかなりのご高齢で今が最後のチャンスである。
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写真7、このような兵器が自国で使われた中国の人の恨みは今も消えないであろうことは容易に推測できる。
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写真8、9、 
少年兵時代に日本軍の人体実験を知ったという方、森村誠一氏の「悪魔の飽食」で知った「丸太」という言葉が出てきて慄然とします
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あまりにも普通におこなれていたので、様子を淡々と語る氏。
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写真10、悪名高き731部隊の建物。日本はもっと自国の負の歴史について、教育の場などで次の世代に教えるべきと思う。
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写真11,いまでもたくさん中国に隠されたままの毒ガス兵器
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写真12、条約の文章。遺棄した分にも責任があると明記されている。
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by Detachment801 | 2020-09-17 08:35
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