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給食と脱脂粉乳、記憶の画一化。![]() 所謂インターネットや人々の記憶に残る、昭和30-40年代生まれの方の給食の記憶というと、やはり「コッペパン」「揚げパン」「鯨の竜田揚げ」そして「まずい脱脂粉乳」の単語が散見されます。 私の個人的な感覚ですが、昭和41-42年頃の杉並区内では「コッペパン」は全く見ることがなく、ごくたまに出る砂糖をまぶした揚げパンのほかは常に食パン二枚でした。 そして、今回どうしても書きたかったことは、Wikipedia(注1)でも廃棄物であるとか、飼料であるとか、無害貨物でパナマ運河を経由したとかのおどろおどろしい「説」が堂々と記述され、注釈を含め「まずい」とほぼ断定されている「脱脂粉乳」のことであり、これに関しては私の個人的印象ではそのような感覚はなく、初めて小学校給食で脱脂粉乳が出た日には、家に帰って第一声が「今日は甘くてあったかいミルクが出たよ!」でした。当時から「進駐軍の豚ミルク」などと呼ぶ子もいましたが、クラスに2-3人はお替りする子もいたものです(私もその一人)MichaelさんのBlogにも、脱脂粉乳が好きな子がいて飲んでもらった旨の記述があり、やはりそうかと今回の記事を書く後押しになりました。 もしかすると、それほど印象がなかった子でも、大きな流れになっている「まずい脱脂粉乳」という単語により、必要以上にそのイメージが拡大してしまったのかも知れないという気さえしてきます。 また、常識のようになっている「昔懐かしいミルメーク」も私は見たことがなく、少々疑問です。そもそも「昔懐かしい」などという安易な言葉も受け入れがたいし、給食というものは地域や時代によって全く異なるものであり、記憶の画一化をしかねない現象には抵抗を感じる。というのが素直な気持ちです。 この記憶の画一化、に関して、全く関係ありませんが、もう一つ疑問を感じているのは、「昔は地域に怖い小父さんがいて、悪いことする子供はみな怒鳴られたり殴られたりしたものだ」という話。これ、本当にそうだったのでしょうか?少なくとも私はそういう小父さんを見たことがない。ただ、スナックなどで、この手の話を披露する人間は大抵押しの強い「俺様」的な人間が多く、その場で否定できかねる空気があることを感じています。そこでそういう擬似記憶が伝達するとしたらそれは心理学的問題なのではないかと、以前から心に引っかかっています。 (注1) 保存性や栄養価などを評価されることは多いが、当時の学校給食で用いられた脱脂粉乳の味を知っている者(団塊の世代など)には、これが美味しかったという評は皆無に近く[注釈 1]、これが原因で牛乳に苦手意識を持つようになった人も多い。特に臭いが酷かったといわれるが、これは、当時学校給食に供されたものは、バターを作った残りの廃棄物で家畜の飼料用として粗雑に扱われたものだからで、また無蓋貨物船でパナマ運河を経由した為に、高温と多湿で傷んだからという説もある。現在市販されているものはそのような臭いはなく、品質も向上しているので十分飲用に耐えうるものになっている。 注釈[編集]スゴイ動画を見つけました。リンクしていないのでコピペでお願いします。 https://youtu.be/gY5SHEI7-nY やはり杉並区では食器がアルマイトではなくクリーム色の樹脂であった動画を発見。区が制作した映画「躍進する杉並 昭和39年」よりキャプチャ画像です。
by Detachment801
| 2020-02-10 08:14
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