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洲崎パラダイス
最後に訪れた街 「洲崎」
ここは売春防止法施行前は吉原遊郭と並ぶ大歓楽街で「洲崎十万坪」と呼ばれた場所だが、今はその名を知る人も少ない。元はといえば根津にあった遊郭だが近隣に東京大学(帝国大学)建設のため、好ましくないとここに埋立地を造成して追いやられたそうだ。現在は洲崎の名は消されてしまい東陽町と呼ばれている ここを舞台にした芝木好子による小説「洲崎パラダイス」を1956年に、新珠美千代、三橋達也主演で川島雄三監督が映画化した「洲崎パラダイス・赤信号」が一部で有名、この映画は鬼才今村昌平が助監督であったことから時折紹介されることもある名作. 早速TSUTAYAで借りてきましたので後日加筆します。 いまでは伝説の「洲崎パラダイス」の大門や 昭和31年の東京の町並みやクルマも見られるので楽しみです。 現在この街のシンボルのようになっている八百屋やいくつかの店が入ったアーケードは遊郭の建物を今に伝える貴重な文化財といえる 統一性の無い不思議な形をしています ここで夜な夜な酔客や娼婦達の嬌声が響いたかと想像すると不思議な感じがします。 丸い照明がなんともいえぬ、点灯したところを見てみたくなる 遊郭「大賀楼」がそのままの姿で残るが、いまは日本共産党が使用中 中はきっと迷路のようになっていると推測される。 キレイなBMWが停まっていました 洲崎神社、花街には神社、寺院や医院が必ず見られる。 当時の面影を残す長屋様式の飲み屋街 大門脇、映画の舞台となった小料理屋「千草」の跡地はいまは不動産屋になっていた。 遊郭跡にナイス看板!この標語の考案者に座布団あげたい。 洲崎を後にする、VWのマイクロバスが路上駐車していた。 以上駆け足で赤線地帯の残骸を三ヶ所見て回ったわけだが、 売春が合法だった時代、男の目からは歓楽街でも、女性からすれば好きでこの世界に入ったものは極少数であろうし、そこに落とされた金品やうたかたの恋愛、悲喜こもごもの湿度を持った光と影のようなものを、いまもなんとなく感じることが出来たのは、やはり実際に歩いてみないとわからないことだった。 この数日間、この件についてかなり没頭してきました。インスピレーションを与えてくださったinomamo氏に感謝します。
by Detachment801
| 2010-03-31 08:33
| 赤線跡
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