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by Detachment801
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赤線街の跡を歩く Ⅰ

先日、inomamo氏より、ある建物について、遊郭建築なのでは?という意のコメントを頂き、なぜか気になり、そのことについて少々調べてみました。

すると、ますますそのように思え、しかも、昭和33年の売春防止法施行までの間、各地に栄え、文壇の名士なども足繁く通った花街の面影が今も残る場所が、簡単に行ける場所に点在していることを知りました。

そうなると、すぐにでも行ってみたくなり、先日実際に歩いてきました。

最も有名な吉原は完全にソープ街にと変貌しており、旧赤線跡地を歩く、という趣旨から外れそうなので今回はパスして、名前だけは小説やエッセイ、昭和史などで耳にした事のある下町の「玉の井」をまずは訪れることとしました。

事前にネットで調べてみるとさまざまな方がこの地に郷愁を持ち、あるいは知らなかった昭和の残骸を見たいと思い、歩かれているのがわかります。
現在は、玉の井の地名はなくなってしまい、玉の井駅も東向島駅と名を変えてしまい、その過去は一見葬られたように思いましたが、実際に行って見ると、まだあちこちで使われているのですぐわかりました。
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車を駐車場に入れ、少し歩くとこのような廃屋が目に付きます。
民家でもなく、商店とも違う趣、元私娼館を商店に改造した店であった可能性が高い。
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顔見せの窓であったのだろうか、格子が貼られ、下部にはタイルで飾られた部分がある。
ほとんどの娼館は小さく、その建物を残したまま、住居や商店に改装されたという、なんだかそのまま商店にしたり住むのは妙な感じがするが、当時は普通だったようです。
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このような建物も、元は遊郭であったのだろうか?
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建て増しを重ね、九龍城砦のようになっているものもある。
一見して普通のアパートとは違う屋根の形がそれと推測される。下部にタイルが張られるのも特徴らしい。
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玉の井は吉原のような公娼街ではなく、私娼街であったので、このような小規模の店が主流だったそうだ。その前は小さな銘酒屋が娼館とされていて500件もの銘酒屋がひしめき合っていたというからそれはすごい場所であったのだろう。(ブログの中で時折遊郭と表現していますが、厳密には私娼街なので吉原のような遊郭とは違うらしい)
永井荷風の小説で有名なこの街に足繁く通った著名人には壇一雄、太宰治、高村光太郎、サトウハチローらが名を連ねる

これは現在の酒屋であるがやや隠された二階の派手な造作が目を惹く。
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私娼館の跡と考えられる家、入り口左側にはタイルが張られた顔見せの小窓があり二階の窓の上に不釣合いな瓦の庇があるなど、一般の民家とは趣を異にする
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完全に一般人のお宅なのですが、二階が典型的な赤線建築、
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路地裏にはお決まりの猫
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ー続くー
by Detachment801 | 2010-03-29 08:33 | 赤線跡
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